1997年4月5日 土曜日 − アトランタ

今年は春が早い。花ミズキもアザリアももう盛りを過ぎた。

ひょんなことから小泉八雲展の全米ツアーのWEBページ作りを引き受けた。4月9日からワシントンの日本大使館での展示が始まる。

アトランタへ行ってきた。娘の春休みを利用して、パスポートの書換えが主目的。ついでに、アトランタで公演中のPhantom of the Opera を見るのが第2の目的。娘の友達を入れて3人で出かけた。

それにしても日本のパスポートは高い。10年のが140ドル。5年のが93ドル。隣の人が30ドルくらいだと思ってたから現金の持ち合わせがない。小切手やカードで支払えないかと聞いていた。答えはノーだから、下に銀行があると教えてあげた。

申請書は下書きに1枚と本番に1枚書かされた。なぜか最初に書いた下書きは、5年用の用紙と10年用の用紙を(なぜ別の用紙なのか理解に苦しむけど)間違えたから2人分の申請をするのに6回も同じ事を書くはめになった。娘は未成年だから5年のパスポートしか取れないけど、私は10年のパスポートを取った。新しいパスポートは小さくなってアメリカのと同じサイズになった。

娘が日本のパスポートを取るのはこれが最後になるかもしれない。領事館から送ってもらった国籍に関する法律のコピーによると、2重国籍者は22歳までに国籍を選択しなければならないという。日本は基本的に多重国籍を認めないことを基本としているので、選択しなければ法務大臣が選択をするように勧告することができ、それを無視すると自動的に日本国籍を喪失することになる。

日本国籍を選択した場合はどうなるかというと、アメリカは公務員や軍人にでもなるのでなければ、多重国籍もいっこうに構わないわけだけど、日本国籍を選択するということは外国籍を放棄する旨の宣言をするということ、すなわち外国籍の離脱に努める義務を負うということだと書いてある。ただし、離脱に努めなければ日本国籍を喪失するのかどうかまでは、はっきりと読み取れなかった。いずれにしても、娘が日本国籍を優先する理由は今の所あまり考えられない。

Phantom of the Operaは一足先に見てきたMom & Dadが今一つ盛り上がらない舞台だったと言っていた。残念ながらその通りで、肝心のクリスティーナの声が力不足だった。

アトランタ2日目は10時半に出来上がったパスポートを受け取り、あとはダウンタウンへ行って、Planet Hollywoodで昼食を食べた後、Undergroundとその横にあるコカコーラ博物館に寄った。コカコーラ博物館はコカコーラの歴史を見せるのが主な目的。もっとも、一番の呼び物はコカコーラが世界各地で販売しているお国柄を反映した飲み物のサンプル。それにしても6ドルの入場料はちょっと高い。日ごろ儲けさせてもらっている客からさらに自社の宣伝でしかない博物館への入場料を取ろうという根性はあさましい。

サンプルで印象に残ったものの1つは、トニックのような苦みのあるイタリアからの飲み物。大抵のアメリカ人は顔をしかめて、吐き出したりする。日本からはベータ・カロチンの入ったのとHoney Lemonが来ていた。どちらも他の国のものに比べて甘みが薄いのが特徴。

最後に日本語の本屋へよった後、ジョージア州の知事公宅の前の道を通ってI75へ出たときには6時を過ぎていた。それでも夕方のラッシュが続いていて、アトランタの郊外を過ぎるまでセカンド・ギヤという状態が続いた。I75−I24−アラバマ72で帰宅したのは10時(実際には時差があるからハンツビルでは9時)過ぎだった。

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