ネットサーフ日誌:平成8年2月


1996年2月12日 月曜日
  • 晴れ。結局、雪と氷が木曜まで溶けず、学校は金曜から木曜までまるまる1週間休みだった。

    この日記も1週間に一回で「週記」になってしまった。書くことがなかった訳ではないけど近ごろはついつい後回しになっている。

  • 文芸春秋の2月号に上坂冬子が「戦後補償はもう済んでいる」という題で太平洋戦争の戦犯として処刑された日本人は全部で1068名(A級7名、BC級が国内の戦争裁判で53名、国外の戦争裁判で1008名)であったと書いている。これらの数字の出所が書かれていないのは残念だけど、日本でなら簡単に調べが付くのだろう。私が ホームタウン・コネクションに戦争裁判で処刑された日本人のがいることが一般に知られていないと書いたときには、資料として岩波書店から1966年に出版された「日本史年表」しかなくて、それに「1948-11-12極東国際軍事裁判判決(12-23東条ら7名絞首刑執行)」というのがあるのを使った。その外の裁判や処刑については何も見つからなかった。

    実は文春の2月号が届く少し前にアメリカ人から次のような文面の電子メールをもらっていた。
    I'm trying to gather some information about an almost unknown military trial that took place at the Silk Building in Yokohama in 1945 or 46. It may be called the Small Crimes Trial or the Minor Crimes Trial. I'm not sure but would appreciate any insight you might have on where I can get some info. I understand that a lot more than 7 Japanese died as a result of those trials that took place "illegally" before the Tokyo Trials began.

    十分調べないで中途半端なことを書いてしまったことを反省するとともに、この話題を取り上げてくれた文芸春秋と上坂冬子さんに感謝したい。(戦犯として逮捕された人々の運命について詳しい資料を御存じの方がいましたら是非お知らせください。)「ホームタウン・コネクション」は修正済み。

  • 読者からの電子メールは実はYour Japanese Guestsに対するものの方が圧倒的に多い。レポートを書くのに役に立ったという学生からのものやら、日本人の女性と婚約していて日本でしばらく暮らすという人から日米のコミュニケーション・スタイルの違いが良く分かったという便りや、日本で商売している会社の人から日本へ出張する準備に役立ったという便りもあった。なかには傲慢なアメリカ人のことは忘れて日本人はカナダとの通商と世界平和へ向けての協力に力を入れるべきだという電子メールがあったりして驚かされる。さらにはちゃっかりした学生さんもいて、レポートの準備をしているが手頃な資料がなかなか見つからないから、以下の事項について教えて欲しいといって、大掛かりな調査でもしなければ答えられないようなトピックが5つほどリストしてある電子メールが届いたりもする。


  • ホームページへ|日誌インデックスへ|お便りは eueda@hiwaay.net上田悦子